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キリスト教入門

◇日本は幸せな国か

 日本は世界第三位の経済大国といわれていますが、人々はその評価のように豊かな生活を送っているでしょうか。

毎年3万人以上の人たちが自ら命を絶つという政治問題にもなるほどの現実は、私たちに何を語りかけているのでしょうか。

死因のトップは仕事がないこと、次に重い病気ゆえの絶望です。

自殺者の数がいかに多いか、交通事故死者と比べるとよくわかります。

事故死者は年間約8千人、自殺者はその四倍です。

毎日89人が自ら命を絶っている計算です。

世界保健機関(WHO)の資料によると、自殺率は米国の二倍以上、英国の三倍以上といいます。

加えて自殺者の数倍とも十数倍とも思われる未遂者の数、そして男性が女性の三倍にのぼるという驚くべき数字が続きます。

 一方、目を政治や経済界に向けるなら、脱税、残業不払い、賞味期限の改ざん、粉飾決算、自動車などの欠陥隠し、談合、贈収賄、インサイダー取引、天下り等の報道に、希望の灯は消え入りそうになります。

私たちはこのような社会を変えることはできないのでしょうか。

それほど弱い者なのでしょうか。

◇自分の弱さを認める

 人間は弱い存在なのです。

お金や健康等を失って将来像が描けなくなるとすぐ絶望し、死にたくなるほど弱いのです。

なぜそのように弱いのでしょう。

それは私を愛し、私に生きる勇気と希望を与えようとしておられる真の神から離れているからなのです。

赤ちゃんはそばに母親がいなければ生きていけません。

私たちも赤ちゃんと同じように、そばに頼れる存在が必要なのです。

 

◇希望はあるか

 パウロという人は、人間を「土の器」のように壊れやすい存在だと言っています。

そのような器であっても、イエス・キリストという「宝」を持っているので、苦しめられてち行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、倒されても滅ぼされないと言っています。

(新約聖書・コリントの信徒への手紙二4章8~10節)

 

◇キリストとは

 キリストは処女マリアから生まれ、貧しい大工の子として育ちました。

そして普通の人間が経験する全ての辛苦をなめられました。

やがて神の子としての力を得て、知恵に満ち、あらゆる病を癒し、希望を失っている者に愛と慰めと希望を与えられました。

そして十字架の死を通して、人類の不幸の源である罪を赦し、贖い、きよめられました。

 どうしてキリストは十字架にかかられたのでしょう。

キリストは人々の手によって捕らえられて唾をかけられ、罵られ、鞭打たれ、十字架を背負わされ、十字架上で苦しみと痛みと恥の極限を味わわれました。

それは父なる神への従順と、人間への限りない愛の故であったのです。

 キリストは十字架の上で祈りました。

「父よ、彼らをお赦しください。彼らは何をしているのかわからずにいるのです」と。

この愛に満ちた祈りの言葉を聞いていた犯罪人の一人が、キリストを救い主と信じたのです。

更にローマの兵士がキリストのこのような姿を見て「神の子であった」と告白したのです。

キリストの愛と気高さに満ちた姿に、普通の人間には見ることのできない「救い主の愛」を見たのでした。

キリストは人類の罪を贖って死にましたが、三日目に甦り、キリストを慕う五百人以上の人々の前に現れなさいました。

(新約聖書・コリントの信徒への手紙一15章5節)

 

◇キリストを心に迎える

 キリストを私たちの心に迎えるなら、人生観が変わります。

現状は何も変わっていないかもしれません。

しかし、心がキリストによって愛と希望と命に満たされるなら、やがて現状も変わっていきます。

 私も26歳の時、ものごとにゆきづまって不眠症となり、食欲も全くなくなり、生きる喜びを失ったことがありました。

仕事もできなくなりました。

医者に転地療養を勧められ、父のいる北海道の牧場に帰りました。

帰りの飛行機で、私は自分の不甲斐なさに男泣きに泣きました。

女性の添乗員さんに「大丈夫ですか」と尋ねられたほどでした。

実家の父の家に入った時、父は「疲れたんだろう。休みなさい」と言ってくれたのです。

その父の言葉から、私の心に癒しが始まりました。

療養生活をする中で、失意と挫折感は薄らいでいきました。

そして、次の聖書の言葉に出会ったのです。

「あなたの重荷を主にゆだねよ/主はあなたを支えてくださる。主は従う者を支え/とこしえに動揺しないように計らってくださる」(旧約聖書・詩編55篇23節)

この言葉に触れた時、復活の主に触れたかのごとく、希望と元気が湧き上がってきたのです。

そしてこの病気を通して、多くの愛と真理を学ぶことができました。

何よりも、私と同じように苦しんでいる人々に親しく近づいて、一緒にお話を聞き、寄り添うことができる者とされました。

私を通して希望を持ってくれる人を見る時ほど嬉しいことはありません。

今の私は、途方に暮れることがあっても決して落胆しない者とされています。

 あなたも、どのような問題が押し寄せても決して絶望しない人生を、キリストからいただくことができます。

更にキリストは、信じる者に永遠の命をも与えてくださって、死をも恐れない人生を私たちに与えてくださるお方なのです。

「主を信じる者は、だれも失望することがない」(新約聖書・ローマの信徒への手紙10章11節)

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